全国で増加する消防査察への対応とその重要性
おかげさまで、当社が受託する物件数は1,700件を超え、それに伴い全国の消防署からの査察(立入検査)対応の要請が増加しています。この増加は、単に受託物件の増加によるものだけでなく、インバウンド需要の拡大や円安による国内旅行の回帰によって、首都圏に限らず地方でもオーバーツーリズムの問題が発生していることが背景にあると考えています。人が密集する環境での火災事故による甚大な被害を未然に防ぐため、全国の消防署が防火管理の徹底を強化している表れといえるでしょう。
特に、多くのテナントが入居する商業エリアの雑居ビルを中心に査察が実施されていますが、共同住宅でも査察が行われるケースがあり、特定の用途だから査察が入らないということはありません。また、風俗店が入居するビルでは、テナントの営業時間を考慮し、深夜に査察が実施されるケースもありました。このことからも、営業時間に関係なく、必要と判断されれば査察が実施されるのが現実です。
消防署が建物の防火管理状況を確認するために行う査察は、「消防法」(昭和23年法律第186号)に基づいて実施される重要な行政活動です。これは単なる管轄内の確認作業ではなく、火災の予防や消火・避難活動を円滑に行うための法的措置です。具体的には、以下のような法律に基づき、査察が実施されます。
消防査察の法的根拠を簡単に説明します
■ 消防法第4条
(要約)消防長は、火災予防のために必要がある場合、関係者に資料の提出や報告を求めたり、消防職員を現場に立ち入らせて建物の状況を検査させたり、関係者に質問させたりすることができます。
この条文により、消防署は建物の防火管理状況を確認するための立入検査を行う権利を持っています。具体的には、以下のような事項を重点的に確認します。
- 消火設備や避難設備の設置・管理状況
- 避難経路の確保状況
- 防火管理体制(統括防火管理者・防火管理者の選任状況)
- 消防計画の届出および適切な運用状況
- 必要な消防訓練の実施と届出状況(建物用途に応じて年1~2回以上)
- 法定点検(防火対象物点検・防災管理点検等)の実施および届出状況
建物の所有者やテナントの責任者には、この査察への協力義務があり、正当な理由なく拒否することはできません。また、第5条には、消防署が必要に応じて改善命令を出せることが明記されています。
■ 消防法第5条
(要約)消防長は、防火対象物の状態が火災の危険や消火・避難の妨げになると判断した場合、関係者(緊急時には工事の請負人や現場管理者を含む)に対し、改修・移転・除去・工事の停止など必要な措置を命じることができます。ただし、他の法令で許可を受けた建築物で、状況が変わっていないものは対象外となります。

消防査察で指摘を受けた場合の対応
消防査察で指摘を受けた場合は、速やかに改善に向けた対応を取る必要があり、多くの自治体では概ね2週間以内に「改善報告書」(自治体によって名称が異なる)を提出することが求められます。
例えば、防火管理者が未選任の場合、社内の従業員などから適任者を選任するか、資格を持つ者がいない場合は、対象者が直近の防火管理者講習を受講する必要があります。その際、選任の手続きや受講予定について具体的に報告書へ記載しなければなりません。もし社内で適任者を選任することが難しい場合は、当社のような専門会社へ外部委託することも一つの選択肢となります。
実際に多くの消防査察へ同行する中で、最も多い指摘の一つが、テナントの防火管理者が選任されていないことです。防火管理者が不在の場合、その重要な役割の一つである消防計画の作成も行われていないケースがほとんどです。消防計画は防火管理の基本となるものであり、火災事故を未然に防ぐための重要な指針となります。
テナントの入居時に、貸主が防火管理者の選任を条件としている場合は、このような問題は起こりにくいものの、すべての契約でそのような取り決めがあるとは限りません。そのため、契約段階で防火管理者の選任を明確に求めることや、定期的な確認を行うことが重要になります。特に、ビル管理者やオーナーがテナントに対して防火管理の必要性を周知し、適切な体制を整えることが、建物全体の防火対策の強化につながります。
消防査察の指摘を放置するリスク
消防査察での指摘を無視することは絶対に避けるべきです。不備を認識しながら改善に向けた行動を取らず、万が一重大な火災事故が発生した場合、防火管理上の最高責任者である管理権原者(建物やテナントのオーナー等)は刑事責任を問われる可能性があります。
2001年に発生し、消防法改正の契機となった「歌舞伎町ビル火災」は、防火管理の甘さが原因の戦後最大級の火災事故として知られています。この事故では、消防署からの指摘を無視し続けた結果、放火とみられる火災が発生し、逃げ遅れた客や従業員44名が犠牲となりました。その後、管理権原者であるビルの所有者とテナント経営者ら6名が業務上過失致死傷で起訴され、5名が有罪判決を受けています。さらに、ビルの運営会社は民事訴訟で8億円を超える賠償を命じられ、ビルは解体されました。
こうした事例は、顧客からの信頼を積み重ね、堅実に経営を続けてきたとしても、防火管理の甘さひとつで全てを失うリスクがあることを示しています。
また、火災事故に至らなくとも、改善命令を無視すると危険物件としてホームページ上で公表されるリスクがあり、ビルやテナントを運営する企業にとって大きなダメージとなります。詳しくは、「消防査察の違反は放置禁物!ホームページで公表されるリスク」 というコラムで解説していますので、ぜひご確認ください。
消防署が実施する査察は、消防法に基づく立入検査権に基づき行われる重要な防火管理活動です。建物の所有者や管理者には査察への協力義務があり、違反があれば速やかに是正措置を講じる必要があります。
この査察制度は、単なるルールではなく、人命と財産を火災から守るための重要な仕組みです。企業や施設の管理者は、日頃から防火管理を徹底し、査察で指摘される前に適切な対応を行うことが求められます。査察を「面倒なもの」と捉えるのではなく、「安全を確認する機会」として前向きに活用することが大切です。
