こんにちは、賃貸マンション・。貸しビル運営コンサルタントの
深山(みやま)です。
今回「賃貸マンション・貸ビルオーナーのためのアドバイザー」として立ち上がる動機となった「当時の経験や悔しさ」を記します。
私が生まれた1974年(昭和49年)の少し前。
実家は小さな賃貸マンションの大家業
親父は賃貸マンションの大家業を目指し、東京は大田区、日蓮宗の大本山「本門寺」の門前町である池上にあった120坪の土地に莫大な借金をして、ファミリータイプ12世帯、4階建の小規模なマンションを建設し、私は1階に大家の息子として住んでいました。
物心ついた頃には、親父が錆びた階段や門扉の鉄部を自ら刷毛を握って塗装したり、大雨が降れば漏水の対応に走ったり、樹木に登って自ら剪定したり、
住民向けのチラシを手作りして(当時はパソコンがありませんでした!)ポスティングしたりと、マンション運営すべてが手探りで情報もない中、手弁当で行っ
ていました。
いま当時の親父の年齢になって、相当苦労していただろうと痛感しています。
賃貸マンションはわずか25年で解体の運命に
その後、建物の老朽化に対する対応をほとんどせず、家賃は下がり入居率も改善しないまま、相続税の支払いに困窮した結果、最終的に土地を手放す(等価交換する)こととなり、1996年(平成8年)頃、マンションを解体し歴史を閉じました。
建設から解体までたったの25年と、あまりにも短命のマンションでした。
(続く)