防火管理者を正しく選任するための基礎知識
消防査察(立入検査)で最も指摘が多い項目の一つが「防火管理者の未選任」です。そもそも防火管理者とは何か、疑問に思う方もいるかもしれません。そこで、難しい専門用語はひとまず置いておいて、できるだけ分かりやすく説明します。
防火管理者とは、多くの人が利用する建物で、利用者の生命や財産を守るために、防火管理を推進する役割を担う人のことです。
ここで「多くの人」と表現しましたが、すべての建物に防火管理が必要というわけではありません。例えば、一戸建て住宅には防火管理者を選任する必要はありません。また、共同住宅であっても、居住者が50人に満たないような小規模な建物であれば、防火管理者の選任は不要です。ただし、同じ小規模なマンションであっても、1階にコンビニエンスストアのような不特定多数が出入りする店舗がある場合は、原則として防火管理者が必要になります。
建物の防火管理上の最終責任者は「管理権原者(かんりけんげんしゃ)」と呼ばれ、建物やテナントのオーナーなどが該当します。この管理権原者が、自らの防火管理上の責任を果たすため、その業務を推進する役割として選任するのが防火管理者です。
防火管理者を選任すればそれで管理権原者の責任が果たされる、と誤解している方も時々見受けられます。しかし、そのようなことはありません。たとえば、選任された防火管理者が形だけの存在(いわゆる名義貸し)で、実際には何も活動せず、避難経路に放置された私物を放置したままで重大な火災事故が発生した場合、責任を問われるのは防火管理者だけでなく、管理権原者も含まれます。企業に例えるなら、管理権原者が社長、防火管理者が防火管理事業部の部長に相当すると考えると分かりやすいでしょう。
防火管理者は、立候補すれば誰でもなれる役割ではなく、消防法で定められた国家資格を取得する必要があります。ただし、資格を取得するために何十時間もの勉強が必要というわけではありません。1~2日の講習を真面目に受講すれば、基本的に取得可能です。講習時間の違いは、「甲種防火管理者」と「乙種防火管理者」の違いによるものです。建物の用途によって必要な資格が異なりますが、甲種防火管理者の資格を取得すれば、乙種の建物用途も含めて対応できます。
さらに、一部の建物では、防火管理者のリーダー的役割である「統括防火管理者」を選任する必要があります。この統括防火管理者に選任されるためには、甲種防火管理者の資格が必須です。ご自身の防火対象物が甲種または乙種のどちらに該当するかは、以下の情報を参考にしてください。


防火管理者に必要な記録の重要性と実践事例
防火管理者の資格を取得するためには、1~2日間、講習会場に足を運ぶ必要があります。会社員の場合、有給休暇を取得するなどして対応する必要があるでしょう。この講習では、最終日に避難器具を使用して2階から降りる体験や消火器の実技訓練などが行われ、とても有意義な内容となっています。一方で、最後の1時間程度の実技を除き、ほとんどが座学となるため、会社の指示で渋々受講している方には、退屈に感じられることもあるかもしれません。
しかし、ここで最も重要なのは、防火管理者の資格を「どう取得するか」ではありません。資格取得後に実際に建物の防火管理者として選任され、防火管理者としての責務をいかに果たすかが問われます。
防火管理者の責務について、東京消防庁では8項目が定められていますが、これを大きく整理すると次の3つに集約できます。
- 消防計画の作成
- 消防訓練(避難・通報・消火)の実施
- 日常の防火管理業務
この中で最も実施が難しいのは「日常の防火管理業務」ではないかと思います。これは、消防設備点検などの法定点検とは異なり、具体的な実施頻度や内容が明確に定められていないため、どのような業務を行えばよいかが分かりにくい点にあります。
「日常の防火管理業務」には、東京消防庁が防火管理者の責務として明記している「消防設備の点検・整備」も含まれます。この業務は、現地に足を運ばなければ果たすことはできません。そのため、建物を日常的に利用しない人を防火管理者に選任する場合、防火管理に特化した現地点検を定期的に実施し、その内容を消防計画に明記することが必要です。また、点検の際に記録を残すことも非常に重要です。
どれだけ防火管理に努めていても、放火のリスクはすべての建物に存在します。そして、重大な火災事故が発生し、その原因が防火管理の不備によるものと判断された場合、防火管理上の最高責任者である管理権原者が刑事責任を問われる可能性があります。たとえば、2001年に発生した「歌舞伎町ビル火災」では、防火戸の不具合が放置され、煙が他の階に広がった上に、唯一の避難経路である内階段に私物が溢れていたため、利用者が避難できず、44名の命が失われました。この事故では、建物やテナントオーナーなどに実刑判決が下されています。
ただし、火災事故が発生したからといって、必ずしも管理権原者が刑事責任を問われるわけではありません。重要なのは、防火管理者を選任し、必要な業務を適切に行わせていたことを証明できるかどうかです。消防計画の作成や消防訓練の実施については、消防署への届出が必要なため、比較的容易に証明できます。一方で、日常の防火管理業務については届出義務がなく、実施証明が難しくなります。
そのため、点検のたびに防火管理者の活動記録を残すことが重要です。これにより、「日頃から適切に防火管理を行っていた」ことを示す証拠となり、万が一の際に責任を果たしていたことを証明しやすくなります。例えば、避難経路である階段に一時的に障害物が置かれていた場合でも、普段から防火管理業務を適切に行っていたことを記録として示すことで、その状況が例外的なものであったことを説明できる可能性があります。

当社では、独自開発したシステムを活用し、点検のたびに報告書を作成して管理権原者に提出し、協力を依頼したり指示を受ける仕組みを整えています。たとえば、避難経路である廊下に自転車が置かれていた場合には、速やかに避難経路を確保するとともに、警告文を貼付して移動をお願いしています。これら一連の対応を写真付きの報告書に記録し、適切な防火管理を徹底しています。
私たちのような専門業者であれば、このような報告書作成は当然の業務ですが、本業を抱えながら防火管理者を務める方にとっては簡単なことではありません。しかし、管理権原者や防火管理者自らの身を守るという観点からも、点検時の記録を残しておくことを強くお勧めします。
<参考> 東京消防庁 「管理権原者」とは・「防火管理者」とは
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/office_adv/jissen/p03.html
