低価格サービスと包括的サービスの違い:防火管理者選任のポイント
先日、大手管理会社のAさん(仮名)より、防火管理者の外部委託サービスについてお問い合わせをいただきました。担当されている大阪市内のマンションで、防火管理者を引き受ける方が見つからず、管理組合から外部委託先の選定について相談を受けたとのことでした。複数の会社に見積もりを依頼した結果、一部の業者と当社が提示した月額料金に大きな差があり、その理由を詳しく確認したいとのご要望をいただきました。
この機会に、当社のサービス内容を具体的に説明するだけでなく、他社のサービス内容についてもAさんから詳しいお話を伺うことができました。当社としても、このやり取りを通じてサービス選定における重要なポイントを改めて見直す貴重な機会となりました。
当社が提出した見積額は月額1万円を超えるものでしたが、相見積もりを取った業者の中には、数千円程度と、当社よりもかなり低価格な料金を提示する会社もありました。一見すると大きな価格差に驚かれるかもしれません。しかし、Aさんが慎重にヒアリングを行った結果、その背景にはサービス内容の大きな違いがあることが明らかになりました。サービス内容が同等であれば、低価格なサービスを選ぶのは合理的です。ただし、防火管理業務の具体的な内容や責任範囲を考慮すると、単純に価格だけで判断するのは難しいと言えます。
価格差の主な原因は「業務範囲の違い」にあります。当社のサービスでは、防火管理者としての責務を全うするため、必要とされる業務を包括的に実施しています。また、これらの業務については適宜報告を行い、管理権原者が状況を把握できる体制を整えています。そのため、管理権原者(建物オーナーや事業主等)は、防火管理者が「責務を適切に果たしているか」を自ら細かく確認する必要がなくなり、その手間を省くことができます。具体的には、消防計画の作成・届出、設備の維持状況や避難経路の確保等を確認するための巡回点検、消防訓練の実施など、消防法で定められた業務を責任を持って遂行しています。例えば、巡回点検中に消火器の不備を発見した場合には、その修理や交換が必要であることを速やかに管理権原者に報告し、建物利用者の安全を確保するための迅速な対応を可能にしています。
一方、低価格なサービスを提供する業者の場合、「現地での業務を省く」(つまり足を使わない)ことで低価格を実現していることがわかりました。そのため、防火管理者としての名義は提供されるものの、点検業務や現地での作業は顧客自身で対応する必要があります。また、同じ料金内では消防訓練がオンライン対応に限定されており、消防署から実地訓練が求められた場合には別途対応が必要となり、その際には追加料金が発生する可能性があります。
このように、現地対応を行わず低価格を実現しているサービスと、当社のように実務を包括的に担うサービスとでは、その性質が大きく異なることがわかります。実際にこのようなニーズが存在するかは不明ですが、低価格サービスは、防火管理者を外部で選任しつつ、現地で必要な業務を顧客自身が責任をもって対応するというニーズには適していると言えます。しかし、防火管理体制を万全に整え、必要な実務を専門のプロに委託したいというニーズには適していません。
Aさんからは、「名義貸しに近いサービスでは、防火管理体制の安全性を確保する上で不十分であり、管理組合に紹介するのは難しい」とのご意見をいただきました。この懸念は、形式的な防火管理者の選任がもたらすリスクを如実に示しています。防火管理業務は単なる名義貸しで済むものではなく、責務を確実に果たすための実務遂行が求められます。不十分な対応を選択した場合、最終的には管理権原者が法的リスクを負う可能性があるため、サービスの選定には慎重さが求められます。
形式的な防火管理者選任で避けられない刑事罰の可能性
防火管理者は「選任さえすればよい」という性質のものではありません。その役割は、建物の安全を確保し、利用者や周辺地域への火災リスクを最小限に抑えるために非常に重要です。ただ名義を置くだけでは不十分であり、防火管理者には、以下の通り、法令で定められた具体的な責務を果たすことが求められます。
防火管理者の責務(消防法施行令第3条の2一部抜粋)
- 「防火管理に係る消防計画」の作成・届出
- 消火、通報及び避難の訓練を実施
- 消防用設備等の点検・整備
- 火気の使用又は取扱いに関する監督
- 避難又は防火上必要な構造及び設備の維持管理
- 収容人員の管理
- その他防火管理上必要な業務
- 必要に応じて管理権原者に指示を求め、誠実に職務を遂行する
《出典》東京消防庁 「防火管理者とは」
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/office_adv/jissen/p03.html
このうち、特に「消防用設備等の点検」「火気の使用監督」「避難・防火設備の維持管理」は、定期的な現地調査を伴う責務であり、現地での確認作業を怠れば法的責務を果たしているとは言えません。前述の通り、当社ではこれらを確実に履行するため、毎月現地に赴き、点検作業を実施しています。一方、安価なサービスではこれらの実務を顧客自身が担うことが前提となっています。
防火管理者の実務が伴わずとも、防火管理者の名義だけを外部から調達すれば、防火管理者選任届や消防計画といった消防署への届出義務は果たせるかもしれません。しかし、そのような状況では、防火管理の本来の目的である建物利用者の安全確保や火災リスクの軽減を十分に達成することは難しいと言えます。
防火管理者の外部委託は、そもそも「防火管理者のなり手不足」が背景にあります。これは、防火対象物の近くに居住していないなどの理由から、防火管理者を確保することが難しい状況に起因しています。そのため、顧客自身が防火管理を行える場合には、防火管理者講習を受講し、日常的な防火管理業務を実施することで対応することが可能であり、これが理想的な形と言えるでしょう。
ただし、防火管理者の業務には、消防計画の作成や消防訓練の実施といった、未経験者には難しいと感じられる業務が含まれるのも事実です。そこで当社では、「消防計画作成代行サービス」や「消防訓練サポートサービス」を提供しています。これらのサービスは、防火管理者が必要なその他の業務を適切に実施していることを前提にお引き受けしていますが、本サービスのを利用することで、コストを抑えて必要な防火管理業務を補うことが可能となります。
最も注意すべきは、防火管理者が必要とされる「日常点検」を実施せず、建物の防火設備や避難経路の問題が見過ごされるリスクです。例えば、避難経路が障害物で塞がれたまま放置されていた場合、火災が発生した際に逃げ遅れが発生し、重大な被害につながる可能性があります。こうした事態が起きた場合、防火管理者が業務を適切に遂行していなければ、その責任は最終的に管理権原者に帰属します。
企業に例えるなら、管理権原者は「社長」、防火管理者は「防火事業部の部長」のような立場に相当します。部長が不適切な業務運営を行った場合、その責任を社長が免れることができないのと同様に、防火管理者が適切な業務を遂行しなければ、最終的には管理権原者がその責任を負うことになります。
特に、消防法第8条第4項では、消防長または消防署長が防火管理業務が不適切と判断した場合、管理権原者に対して是正命令を出すことが規定されています。この命令により、管理権原者は防火管理体制の不備を指摘されるだけでなく、業務改善のための指導や指示を受けることになります。
さらに、指導に従わず是正が行われない場合には、管理権原者自身が法的措置の対象となる可能性があります。具体的には、消防法第41条第1項第2号に基づき、適切な防火管理業務を行わなかった場合、管理権原者には「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」が科される可能性があります。この罰則規定は、防火管理体制の不備が建物利用者や周辺地域に対して重大な危険をもたらす可能性があることを示しています。そのため、形式的な防火管理者の選任では、管理権原者が負うリスクを軽減することはできません。
防火管理者外部委託サービスを検討する際には、単に料金だけで判断するのではなく、管理権原者としての責任を十分に理解することが重要です。防火管理者は建物利用者や周辺地域の安全を守る上で非常に重要な役割を担っており、その選定や業務の遂行方法によって、人命が大きく左右される可能性があります。そのため、どのように対応すべきかを慎重に考え、消防法で求められる責務を適切に果たすための体制を整えることが求められます。
管理権原者は最終的な責任を負う立場にあるため、外部委託によるコスト削減だけを優先するのではなく、建物全体の防火管理体制を万全に整えるための方法を選ぶ必要があります。具体的には、防火管理をプロに任せたいと考えるのであれば、防火管理者が消防計画に基づき、定期的に現地での点検を実施し、その都度報告書を作成する体制が整っているかを確認することが重要です。さらに、万一火災が発生した場合でも、日常的に防火管理を適切に実施していたことを消防や警察に立証できる仕組みが構築されていることが求められます。また、問題が発見された際に迅速に対応できるサービスかどうかも、選定の重要な判断基準となります。
人命を守るために何が最適な選択かを真剣に考え、責任ある判断を行っていただくようお願いします。