防火管理者のこづっきです。
東京都港区赤坂で発生した個室サウナの火災事故は、利用者2名が亡くなるという、極めて重大な結果を招きました。本事故については現在も調査が進められていますが、報道されている情報を整理すると、防火管理の観点から見て看過できない論点がいくつも浮かび上がってきます。
個室サウナや可搬式サウナといった新しい業態については、従来の建築用途や想定とは異なる点も多く、防火安全上の整理が十分に追いついていない側面があります。実際、消防庁においても「可搬式サウナ等の特性に応じた防火安全対策に関する検討会」を設置し、サウナ設備に固有の火災リスクや安全対策について検討が進められています。
本コラムでは、今回の事故をきっかけとして、サウナ施設に限らず、人が利用するあらゆる施設に共通する防火管理の視点から、どのような点が問題となり得るのかを整理し、今後同様の事故を防ぐために何が求められるのかを考えていきます。
《参考》総務省消防庁 可搬式サウナ等の特性に応じた防火安全対策に関する検討会
https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/post-154.html?utm_source=chatgpt.com
緊急時に開かない扉が意味する防火管理上の問題
報道によれば、事故が起きた個室サウナの扉は、木製のドアノブ式であったとされています。このドアノブが破損し、その結果としてサウナ室内に閉じ込められてしまったことが、大きな要因の一つではないかと指摘されています。木製であるがゆえに、サウナ特有の高温多湿な環境下で劣化が進みやすく、腐食や緩みが生じ、取っ手が外れやすくなっていた可能性も否定できません。
趣味を聞かれれば即答で「サウナ」と答えるほど、全国のサウナを巡ってきた私自身の経験からしても、ドアノブ式の扉を備えたサウナを目にした記憶はありません。一般的にサウナの扉は、万一の事故を防ぐため、力を入れずとも、直感的に出られるよう、押すだけで開閉できる構造が採用されるのが基本です。
防火管理の考え方では、「通常時に開くかどうか」「見た目が洗練されているか」といった点は本質ではありません。重視されるのは、「緊急時に、誰でも、確実に避難できるか」という一点です。
今回の事故では「サウナ室内への閉じ込め」が主な要因として考えられていますが、サウナ室は同時に、高温の熱源を常時使用している空間でもあります。施設によっては、可燃性のあるマットが敷かれている場合もあり、誤った使用や設備不良などをきっかけに火災が発生すれば、即座に安全な場所へ避難する必要性が生じます。
さらに、火災と同時に停電が発生した場合、サウナ室を出られたとしても、その後の避難経路を確保できていなければ、安全な避難は成立しません。実際、これまで利用したサウナ施設の中には、誘導灯が球切れを起こしている施設も存在しました(職業柄、必ずこうした点を確認しています)。
通常時であれば見過ごされがちな不具合かもしれませんが、火災や停電といった非常時には、誘導灯の有無が避難の成否を左右する決定的な要素となります。利用者の安全を守るためにも、施設管理者は、避難経路の確保と非常設備の維持管理を、日常的に怠ってはならないのです。

作動しない非常ボタンが意味する防火管理上の問題
今回の事故において、特に重大な論点として挙げられるのが、サウナ室内に設置されていた非常ボタンが作動しなかった可能性です。報道によれば、非常ボタン自体は設置されていたものの、電源が故意に切られていた可能性が指摘されています。
消防法上、消防用設備等は単に設置されていればよいというものではありません。常に有効に機能する状態で維持管理されていることが強く求められます。仮に、電源を切ったまま運用していた、あるいは作動確認を行っていなかったといった事実が確認されれば、それは単なる運用上の不備にとどまらず、設備不備として重大な法令違反に該当する可能性があります。
サウナ室内に限らず、店舗が入居する雑居ビルや共同住宅など、多くの建物には自動火災報知設備が設置されています。一般には非常ベルと呼ばれることが多いものの、正確には自動火災報知設備の発信機であり、火災を発見した人が押すことで、建物内外に火災の発生を知らせる重要な消防用設備です。
この発信機は、火災の発生を周囲に知らせるだけでなく、建物内にいる人々に避難を促し、管理者や関係者が異常を即座に把握し、消防への通報や初動対応につなげる役割を担っています。そのため、初動対応の成否を左右する、極めて重要な設備だと言えます。
だからこそ、法令に基づく有資格者による定期的な消防用設備点検に任せきりにするのではなく、防火管理者自身が日常的・定期的に状態を確認し、異常がないかを把握しておく必要があります。発信機本体に破損や劣化が生じていないか、表示灯が切れたままになっていないか、あるいは発信機の前に私物や備品が置かれ、いざという時に押せない状態になっていないかといった点は、平常時から意識して確認しておくべき事項です。
非常設備は、単に「設置されている」だけでは意味を成しません。誰でも、迷うことなく、確実に使用できる状態で維持されていて初めて、命を守る設備として機能するのです。
サウナーとして、そして防火管理の視点から伝えたいこと
最後に、サウナーの一人として、個室サウナに限らず、すべてのサウナ施設を安全に利用するために、利用時に意識しておきたい点を整理しておきたいと思います。
まず重要なのが、避難経路の確認です。明るく整った店内であっても、地震や火災が発生すれば、停電によって突然視界が失われる可能性があります。非常時には誘導灯に沿って進むことで安全な場所へ避難できるよう設計されていますが、設備不良や停電の影響により、誘導灯そのものが点灯しないケースも想定されます。だからこそ、施設を利用する際には、「どこから入って、どこへ出られるのか」「非常口はどの方向にあるのか」を、落ち着いた状態で一度確認しておくことが重要です。
あわせて、基本的な避難の知識も身につけておく必要があります。火災時に発生する煙は空気より軽く、上部に溜まる性質があります。そのため、煙が充満した空間では、姿勢を低くして進むことが原則となります。
突然の事態に直面すると人はどうしてもパニックに陥りがちですが、そうしたときこそ、意識的に落ち着き、周囲の状況を確認しながら行動することが求められます。自宅や職場などで消防訓練に参加する機会があれば、それは決して形式的な行事ではなく、非常時の行動を身体でシミュレーションできる貴重な機会です。ぜひ積極的に参加してほしいと思います。
そして最後に、施設管理者の方々へ伝えたいことがあります。今回の赤坂の個室サウナ火災事故は、現時点で報道されている内容を踏まえる限り、単なる不運な事故ではなく、人為的な要因が重なった「人災」と言わざるを得ない状況が見えてきています。その結果、今後は民事責任にとどまらず、刑事責任が問われる可能性も十分に考えられます。
防火管理は、書類を整えて終わりのものではありません。非常設備が本当に機能するのか、避難経路が確保されているのか、日常の中で確認し続ける責任があります。今回の事故は、決して特定の施設だけの問題ではなく、同様の業態・同様の運営を行うすべての事業者にとって、明日は我が身になり得る出来事です。
サウナは、本来、心と体を整えるための場所です。その空間が、命を脅かす場所になってはなりません。利用者として、そして管理者として、今回の事故を他人事で終わらせることなく、安全について改めて向き合うことが、今、強く求められているのではないでしょうか。









